魔法

『花嫁の夢』

草で埋もれ廃屋のようになった我が家に今朝もカンカン照りの太陽の光が注いでいる。

私は暑くなった部屋で曇った声を出し、ベットの上からのそっと起き上がった。

すっかりおばあさんの体になってしまった私は動きが遅くて、階段に降りるのもゆっくりで、朝ごはんのシリアルも時間をかけて食べる。

「毎日毎日あっついねえ。こんなに暑いとひからびちまう。」

しかしこの仕事だけはしなくてはいけないのだ。

 

「こんにちは」

白髪を1つに結って、さて仕事をするか、と仕事場に向かおうとしたところに、ボサボサの赤茶色の髪が田舎くさい青年がドアの前に立っていた。

「どちらさま?」

「あの、僕、下の町から来ました。布を作ってもらいたいんです。」

緊張しているのか頬がピクピク動いている。

「うちは高いの。大丈夫かしら。」

「は、はい!ぼ、僕この為に一生懸命働いたのでお金はあります。」

「じゃあこちらにいらっしゃい。暑いけど。」

私は我が家の隣にある工房に招き入れた。

 

どうやら彼はもう間も無く結婚を控えていて、その花嫁のための布を作ってほしいとのことだった。

この村では花嫁の衣装の布は母親が織るのだか、その花嫁は孤児だったそうで、作る人がいない。だから私に頼んできたのだ。

 

「あ、あの、あなたは魔法使いだってみんな言ってるんですけど、本当ですか?」

 

「本当よ。世の中には美しいものがたくさんあるでしょう?お皿とか絵とかね。そういう美しいものを作る人というのは、みんな魔法使いなのよ。」

 

1ヶ月後、花嫁の布が出来上がった。

一見白く見えるが所々に淡いピンクやグリーンの糸が入っていて、布全体がキラキラしたパステルカラーのヴェールが覆っているかのようにつくった。ピンクのリボンもつけてあげた。青年から聞いた彼女の様子や性格、好きなものから考えたのだ。

かわいい!を思いっきり凝縮して濃密にしたような布になったので、私も織りながら「かわいい!」と緯糸が入るたびに叫んでいたほどだった。

その生地を仕立屋に出し、丁寧に仕上げてもらう。

この仕立屋は長年の付き合いで、数年前にはあの赤の女王の注文も縫ってもらった。

いつも女王は従者もなしでふらっと来て、世話話をして「じゃあ今度のパーティーに着るドレスお願いね」とだけ言い残して帰っていく。

女王とは小さなころから知っているから、なんとなく話をして顔を見ているとどういう気持ちなのか分かるのだ。

あの時の注文はずっと婚約しなかった女王がついに婚約するころに着ていたものなので、結婚したい貴族たちがこぞって生地の注文に来て、慌ただしいやら文句は多いやらで大変だった。

「あんた、そろそろ辞めないの?あたしゃもう限界だよ。腰も目も悪いし。最近の注文はあんただけだからね、あんたが辞めれば私も辞めれるんだよ。」

仕立屋はいつもぼやく。

「辞めたいのは私もだよ。でもまだまだなんだ。死ぬまで続けるしかないさ。私の布を縫えるのはあんたしかいないからね。だから死なないでよ。」

この仕立屋もまた魔法使いであった。

身体にぴったりの形、正確さ、そして何よりも仕上がったドレスはきれいで、どんな人が着ても美しくなる。

魔法使いのドレスは落ち込んでいる人はピカピカの笑顔に変え、幸せな人にはさらに幸せな気分にさせた。

そんな服に仕立てるのは私はこの人しか知らなかったし、私が作る布は縫いづらい布ばかりだったから結局縫えるのはこの人しかいなかった。

「仕方ないねえ。」仕立屋はあきれた顔で言った。

 

ついに結婚式がやってきた。

ちょうど夏の終わりで、花嫁は山から吹いてくる風のように登場した。

髪はきれいに結われ、手と頭には溢れんばかりの花、周りには笑顔が埋め尽くしていた。

幸せのかたまりだった。

そして私が作った布は仕立屋の手を経て、花嫁の体を包んで今完成したのだ、と思わせるほど似合っている。

これが魔法だ。

私の魔法と仕立屋の魔法が合わさってできる魔法。

それは奇跡的とも言えるし、今までの経験の蓄積の上でできるもの。

人を輝かせるために私たちは生きている。

 

式のあと、新郎新婦が挨拶に来てくれた。

花嫁は「こんなドレスを着るのが夢だったんです。本当にありがとうございます。」と少し目が潤んでいる。

あの青年もパリッとしたいいタキシードを着て髪もすっきりとしている。何よりも嬉しそうな笑顔が良かった。

そして本当に魔法使いでしたね!!と青年が言った言葉がものすごくおかしくて、久々に大笑いしてしまった。

私は笑いながらこう答えた。

「そう!これが魔法なの!」

 

 

 

 

 

 

 

『勇ましい女』

久々に街へ出る。

いつもは山の上で暮らしていて、食材を買いに下の町へはよく行くのだが、大きな街へ行くのは年に2〜3回くらい行く。

下の町から汽車に乗って2時間くらい。主な用事は自分へのご褒美だ。

自分が魔法使いだからなのか、身に付けるものも魔法使いが作ったものじゃないと気が済まなくてわざわざ買いに行く。

きちんとしたところに行かないときちんとした魔法が使ってあるものは買えないのだ。

そんな魔法はパワーがすごくて、目がピカーとなって毛穴が開き、ゾクゾクっとする。

ひざが痛いから時間はかかるけど、これをやめてしまうと生きている価値がない気がしてやめられなかった。

 

たまたま仲の良いお客さんと連絡していて、そちらに行きますよ、と伝えると会うこともある。

大抵のお客さんは山のうえまで歩いてくるのだが、街で話すとちょっと雰囲気も違って楽しいので私は好きだった。

何よりも魔法がかかっている布の洋服を着て街を歩くことが楽しかったのだ。

お酒も入っていると夜の世界が溶けていきそうなあの瞬間も好きだった。

 

今回も友達に会い、お客さんと食事もしてお店もたくさん回って、満足しながら秋の夜の街をちょっと歩いて、古い馴染みのバーに入った。

私はカウンターに座ると、いつものウイスキーを頼んで周りの会話を聞いていた。

街の人たちはいつも元気で、元気だからこそ、大変なところもあるらしい。

ふいに隣に座っている彼女の様子が気になって声をかけた。

「大丈夫?」

「ええ、すみません。」

彼女は泣いていた。

話を聞いていると、彼女は実力があるのに、働いているところは古いしきたりで固まっている男たちばかり。才能を認めてもらえず、悔しい毎日だと嘆いていた。

「そう、、、私にも同じ経験があるよ。でもいつかそういう男たちはいなくなる。あとは自分次第。男たちと対等になりたかったら、やっぱり自分自身が変身しないとね」

「変身、、ですか」

「そう、変身できる服、といえばいいかな。作ってあげるから。」

そう言うと彼女はキョトンとした顔でそれがどういうことなのかわかっていない様子だったが、お節介な私は翌日山のうえに帰り早速準備を始めた。

 

いつまでも古くては面白くないじゃない。よかったことは過ぎ去って、嫌なものが溜まっていくだけ。

変化するときはいつも激しく時代が動く。とてもしんどいことだけど、それを怠っていては絶対に前に進めないのだ。

まず誰かが前に出て行かないと変わらない。それは本当に1人だったら倒れそうになってしまうけど、この布を通して手助けをしたい。

 

一ヶ月すると布が出来上がり、いつものように仕立屋に持ち込んで、彼女のサイズを教えて変身できる服を注文した。

「この形とは珍しいねえ。あたしゃ久しぶりだよ。あんたも相当久しぶりなんじゃないのかい。こんな布なんてさ。」

「そうよ。久々よ。1着分なのに一ヶ月もかかっちゃったわ。」

そうして仕立屋も作り方を忘れたわとか言いながらも、女性らしいフォルムながらも気品のある服に仕上がった。

早速それを送り、しばらくすると手紙が返ってきた。

あの服を着てから、自信が持てるようになって今ままで言えなかったことも言えたりして、少しずつ周りが変わったこと、何よりも仕事が楽しくなった!と書いてあった。

私はふふ、と笑って、やっぱりね!と思った。

でも気づいてないかもしれないけど、変わったのはあなたなの。

 

布というのはこうでなくてはいけない。

人を支えていけるのが魔法のかかった布の役目なのだ。

 

あの布を着て街でバリバリ働いている彼女を思い浮かべながらちょっと羨ましいと思い返事の手紙に身体だけは気をつけてね、と書いた。

 

 

『旅人』

季節はすっかり秋から冬に変わりつつあった。

工房では織る機械がガシャンガシャンと音を立てている。

私が産まれた頃には他にもこの機械を使っているところがあったが、今では世界中でこれを使っているのは私のものだけになってしまった。

 

元々は母のおばあさんのそのまたおばあさんのさらにおばあさんが購入して布を織っていたそうで、私はこの歴史ある機械を母から譲り受けた。

先祖の汗が染み込んだこの機械はかなりアナログだし、力もいるけど、私の魔法はこれでしか作れない。

布の魔法が使えるようになるには、かなり時間がかかるし努力もしなくてはいけない。それで頑張ったって魔法が使える保証はない。

布でたくさんお金儲けをしようとしたり、自分が怠けてしまうと魔法は使えなくなるからだ。

だから皆やらない。

 

日が落ちる頃、庭で夕食に使うための薬草を摘んでいると、山の中から若い男が歩いてくるのが見えた。

その男は異国の格好をしていた。

淡いグリーンの薄手のジャケットを羽織り、揃いのパンツを履いていた。頭には同じ色の帽子とリュックを背負っている。全身が淡いグリーンで統一され、夕日のオレンジの光が当たっていた。

どうやら旅人のようだ。

 

「すみません。ちょっと道に迷ってしまって。峠を越えるのはどの道でいけばよいのですか?」

「あなたこれから峠を越えるの?やめときなさい。もし宿がないのであれば泊めてあげるから。」

「いえいえ、明日向こうの街で予定があるのです。なので早めに行きたくて。」

「汽車を使えば2時間で着くわ。それにあの峠は野獣が出るのよ。悪いことは言わないから泊まって行きなさい。」

そう言うと彼は渋々諦めたようだった。

 

旅人はこの国とは違い、とても発展している国の出身で、仕事を辞め世界中を旅行しているらしかった。

彼の身なりはどれも薄っぺらい布でできていて、いろいろな機能が付いていた。夕食を食べながら私は不思議がって彼のジャケットを隅々まで見て触ってしまった。

この薄っぺらい布に撥水加工はもちろん、いろいろなデータも計測できる機能が付いているらしい。布が暖かくなったり、冷たくなったりもするから一年中これだけでいいとか。

彼はこの手の衣類が好きらしく、熱弁してくれた。

しかしどんなに力説してもらっても私は良いとは思えなかった。

そういうものとは無縁というのもあるけど、それは魔法がかかっていない。

どんなに人間に良いものだと思えても、私にとって布に魔法がかかっていなかったら意味がないのだ。

 

私があまりいい顔をしていないことに気づいた彼は、こう聞いてきた。

「あなたはどんな布を作っているのですか?」

「魔法の布よ。」

 

翌日、彼に私の仕事を見せてあげた。

経糸を準備し、織るまでにはとても時間がかかる。ゆっくりゆっくり進みながら、じっくり糸と会話し相談して布を作っていく。

ガシャンガシャンとものすごい音を立てておばあさんの織機が動く。

びっくりした様子で彼は言った。

「こんなゆっくりで仕事になるのですか。私の国では布は全てロボットが作ります。人は一切関わりません。だから安くていいものが手に入るのです。」

「布を考えるのもロボットなの?」

「そうです。ロボットが購入者のデータをとってそれに見合った布を提案してくるので、それに人間は判断するだけで布ができてきます。それはとても合理的で売り上げも安定している。申し訳ないけどあなたの仕事に意味があるとは思えない。」

私は愕然とした。

 

布、というのは材料だ。

それは仕方ないことだけれども、私は材料とは思いたくない。

布には人が宿る。

昔、私の母が5歳の儀式の時に、真っ赤なワンピースを作ってくれた時があった。

当時はとても布が売れていた時代で、多くの母親たちが昼夜問わず織っていて、今から考えれば少し異常だったかもしれない。

もともと魔法使いというのは実は母親たちで、愛する夫や子供のために、夜なべをして、手間暇かけて美しいものを作っていたのが本来の姿だった。

布がたくさん売れる時代になって、多くの母親が駆り出された。

ここは良い魔法使いばかりで、布は高く売れたのだが、そのお金の味を知ってしまった人たちは、女たちをたくさん働かせた。

この頃だ。魔法が消えていったのは。

女たちの魔法は使い捨てされて、消えていった。

私の母も同じだった。

そんなとき、母は私に美しい布、そしてドレスを作ってくれた。

余った糸で織ってあって、二度とこんな布は作れないだろう、と思うほど奇跡のように美しく輝いていた。

そこには母の愛情が濃密に糸と糸のすきまにぎっしり入っている。

それは色褪せずに今も手の中にある。

これこそが本当の布なのだ。

もう世界中で人と機械で布を織っているのは私だけ。

私しか、この歴史も、本当の布も守ってやれない。

だから織り続けるのだ。

本当の布に近づくために、1日1秒でも守っていくために。

私は旅人に小さなドレスを見せて、泣きながら話していた。

「私にも布を作ってくれませんか。」

旅人はそう言って工房を出て行った。

 

私はとても悔しかった。悔しかったけど、悔しいままじゃ何も進まない。

彼は緑色が好きなようだったから緑色のストールを作ることにした。これから少し寒くなってくるし、首元に布があるだけでとても安心するから。

彼の中に布を想う気持ちがうまれるように、草花が芽吹くような布。

 

旅人は後日、私の家へ寄ってくれた。

私は無言で彼に作った布を差し出した。

 

「、、、私に布を教えてくれませんか」

旅人の顔は、緊張でこわばっている。

 

「私は、こういうことを求めていたのかもしれません。もの自体に感情があるような、、、こんなに胸を打つものは初めてです。私はこれがなんなのか知りたい。

あなたがなぜそこまでここを守ろうとしているのか、知りたいのです。」

 

ああ、そうだ。

私も母がなぜそこまで布にこだわるのか知りたかった。

なぜ苦しい思いをしてまでも、布を織るのか。

 

今ならわかる。ただ単純に布が好きなのだ。布を織ることが好きなのだ。

そしてこの機械も、この機械でしか織れない布も愛しているから、残したいのだ。

 

「あなたなら、良いのかもしれないね。」

私は答えて、「ちょっとお茶を飲まない?きっとこれから大変だから。」と言って、ほんの少し顔を出している可愛い花を横目に見ながら、機械の待つ工房へ2人で入っていった。